十音楽団ツアー特集2

藤井フミヤ CONCERT TOUR 2021-2022
十音楽団 〜青いレーベル〜 

LIVE REPORT at 2022.2.27 神奈川県民ホール

十の音で紡ぐ“人生”というレコード
「どんな物語が流れてくるのか。さあ、一緒に聴いてみよう」

待望の再演となった十音楽団、第二弾は、“一人ひとりの人生という1枚のレコード”をテーマにした「青いレーベル」。
フミヤが脚本・演出を手掛け、“一人芝居の舞台”と“演奏”を融合させたプログラム。選曲や言葉選び、歌と演奏、ステージのビジュアル。すべてが合わさって生まれる唯一無二の総合芸術だ。
2019年に行われた時点では第二弾の予定もなく、フミヤ自身も「前回出し切ったから、今回はどうしようか」と探りながら制作に入った。しかし蓋を開けてみれば、また新鮮なアプローチと充実のセットリストが深い感動を呼ぶものとなっている。
2月末、神奈川県民ホールで行われた公演の様子をお届けしよう。

※ツアー中ですが、こちらは完全版レポートですので、曲名や演出の詳細な記載があります。ご了承ください。

【プロローグ】

開演直前の場内には、柔らかな高揚感が満ちている。SEは、まさにレコードがかかっているような往年の名曲。ムーンライトセレナーデがフェードアウトすると、暗転したステージにはすでに十音楽団がスタンバイしている。
中央後方から、フミヤがステージ前方へと進み出てきた。目深にハットを被り、レコード盤を手に。まずはストーリーテラーとしての語りから、十音楽団の幕を開ける。

「ここに、1枚の古いレコードがある。青いレーベルのレコード。ミュージシャンの名前も曲のタイトルも何も記されていない不思議なレコード。誰の物なのか、いつの時代の物なのかも分からない。でも、宝物のように大事にしまわれていた。きっと大切なレコードに違いない。一体、誰がどんな風にこれを聴いたのか。夕暮れ時に一人、お茶でも飲みながら聴いたのか。それとも真夜中に恋人と踊りながら聴いたのか……。きっと何度も何度も聴いたに違いない。このレコードに針を落とすと、走馬灯のように、いろんな思い出がくるくると回り出すだろう。この青いレーベルのレコード、どんな物語が流れてくるのか。さあ、一緒に聴いてみよう」

舞台後方に「青いレーベル」の文字が浮かび上がり、ぷつっと針を落とすアナログな音から、1枚のレコードに刻まれた物語が再生され始めた。弦とコーラスの華やかなイントロで始まったのは、「ムーンライト・レヴュー50s’」。赤と黄色のライトでダンスホールのような空気が生まれ、鍵盤の上を音符が軽やかに転がる。チェッカーズのデビューアルバムからの意外な選曲が強いインパクトを与えつつも、後で全体を振り返るとこれ以外ありえない絶妙なプロローグだ。

【第1章 青い光の方へ】

暗転したステージに、ひゅうっと風の音が吹き渡り「第1章 青い光の方へ」の文字。暗闇に、パンと手を叩く音が響く。「こっちかな? ん? いや、こっちだな。……分かった、こっちだ」と、誰かを探す声。フミヤは一瞬でストーリーテラーから歌い手、そしてこの章の主人公へとモードチェンジしている。

「こうやって目を閉じて、暗闇の中で君の手が急にいなくなると、僕はこの世界で一人ぼっちになったような気分だ。でも、暗闇の中でも君がどこにいるのかは、すぐに分かる。夜風の中に紛れて笑顔の気配がする。僕がどれくらい君のことを必要としているのか、確かめてるんだろ?」

優しい闇の中、声は続く。暗いからこそ目を凝らして見ようとし、耳を澄ませて一言も漏らさず聴こうとする。感覚が研ぎ澄まされていく。

「でも、暗闇の中だから光が分かる。暗闇の中から光が生まれる。ほら、君の手を見つけた。やっぱり君の手って、光みたいだ」

ステージ上部に温かな光がいくつか灯る。ステージセットがぼんやりと色づいて輪郭を表し始めた。オレンジから青、藍色への美しいグラデーション。歌は「手のなるほうへ」。先の見えない時代にこそ、その歌詞が響く。グロッケンの澄んだ音色が響き、優しい歌声に引き込まれる。十音楽団の舞台においては、すべての曲が「ストーリーの一部」となり、新たな意味や意図を吹き込まれる。語りの言葉や間合い、パフォーマンス、そして舞台セットや照明と相まって、1曲1曲の魅力が鮮やかに心に届いてくる。

「ねえ。君と僕は、何回くらい会ってると思う?」

ピアノがリズムを刻み、右手の人差し指1本を立てて話し始める。

「ある小さな町に、女の子が生まれました。女の子は遠い遠い昔、優しい看護婦さんだったり、吹奏楽部の女学生だったりしました。女の子は、何度生まれ変わってもまた女の子に生まれました」

続いて左手の人差し指も立てる。

「ある小さな町に、男の子が生まれました。男の子は遠い遠い昔、無口なお医者さんだったり、野球部のキャプテンだったりしました。男の子は、何度生まれ変わってもまた男の子に生まれました。この二人、いつどこで生まれようと必ずどこかで出会いました。なぜなら二人はいつも別れ際に『必ずまた出会えますように』と神様にお願いをしていたのです。……さあ、君と僕は何回くらい会ってると思う?」

光が差して「Cry for The Moon」へ。フミヤは語りのためのヘッドセットマイクと、歌用のマイクを使い分ける。ピアノ、シェイカーの軽やかなリズムに、フミヤの赤いタンバリンが乗る。いわゆる輪廻転生や過去生と言われるような縁を、あなたもフミヤとの長い付き合いの中で、おぼろげにでも感じたことがあるだろうか。今世ではたまたま“藤井フミヤとそのファンやスタッフ”だが、フミヤは愛と平和を説く宣教師だったかもしれないし、ある時は歌える吟遊詩人、ある時は宗教画家だったりしたかもしれない。そしてお互いメビウスの輪のように、その時代ごとのコミューンで出会ってきたのかも?! ラスト「思い出した?」の言葉は深い。

「Mother’s Touch」では、歌声で優しく包むような慈愛すら感じる。ピアノからフルート、さらに弦が加わって、ゴールドの光に包まれる。十音楽団のサウンドは、ドラムではなくパーカッションがリズムを担い、弦が入るのが特徴。それにより、表現に繊細さや幅広さが生まれている。松本隆氏の詞による地球・宇宙観は、フミヤの持つ根源的な“命への敬意”と完全にマッチしている。ラストは胸に両手を重ねて歌い終えた。

【第2章 青いメロディー】

「青い色、青い色……青い色をご存知ないですか? 青い色を探しています。青い色。青い服。青いあざ。青い海。海ねえ。海はたしかに青い。ところが海へ行って海の水をすくってみても、全然青くない。そう、海は鏡のように空の青さを写しているから青なんです。じゃあ空? 空は青い。でも、こうやって繋がっているのに、ハーッ。息を吐いても青くない。そう、青はどこにもいないんです」

舞台上を歩き、両手で水をすくったり空気を吸い込んだりしながら、客席に問いかける。

「なぜ青い色を探しているかって? それは、真っ暗な宇宙の中に、青に包まれた地球がぽつんと浮かんでいて。僕らは生まれた時から死ぬ時まで、青に包まれて生きている。だから、青はすべてのことを知っている。あの日のあの時の喜びも悲しみも、あの時の始まりも終わりも、そして出会いも別れも。僕は、あの時のあの人の本当の気持ちが知りたい。そう、本当のことが知りたい。青い色だけが、それを知ってるんです」

場面は緑あふれる森の中になり、「青い鳥」。軽やかなフルートの音色とともに、気持ちいい空気を深呼吸したくなる。幸せの青い鳥を追いかけていく歌の主人公像は、大人になる前の青い季節を呼び起こす。ラストでは「今、青い鳥が飛んでいった!」と指差して見送った。

「おっとととと……おお、空からプレゼントをもらった」

空から降ってきた青空柄の箱を、両手で受け止める。

「ありがとう。空はよく僕にプレゼントをくれる。例えば虹とか。例えば流れ星とか。例えばもう会えなくなったあの人の笑顔とか。今日は何をくれたんだろう。なんか変な物が入ってるんじゃないの?……(開けて)ん? これ、ずっと探してたオルゴールだ。君が持ってたのか。どうりでどこにもないはずだ」

箱の中から白いオルゴールを取り出す。十音楽団のストーリーで演じられる主人公は、フミヤ自身ではない。だから場面ごとに声や表情も豊かに変化する。

「これは、蓋を開けるといろんな笑顔が浮かんでくる不思議なオルゴール」

蓋を開けると、オルゴールのノスタルジックな金属音で「TRUE LOVE」が流れ出した。そのメロディーが徐々にスローダウンし止まると、ギターを手にしたフミヤの4カウントから曲へ。なめらかな弦の音色、間奏ではソプラノサックスとギターのハモリが美しく調和。この編成ならではのアレンジが心に染み渡る。

続いて、ジャンベのリズムから、ベートーヴェンのピアノソナタ第8番「悲愴」第2楽章に詞を付けた「青いメロディー」。歌詞とメロディーの見事なコラボレーション。クラシックならではのドラマチックな展開に美しい日本語が合わさり、朗々と歌い上げる。いつか来る別れの朝を思い、空の彼方へと捧げられるメロディー。時代を超えてベートーヴェンと共作とは、なんて素敵なことだろう。パーカッションが曲ごとにさまざまな音色を奏でるのも興味深い。短くも濃い1曲が、コンサートの流れに美しい抑揚を添えた。

十音楽団のステージは、本編が丸ごとひとつの作品だ。一度始まると、約2時間の舞台として途切れずに展開していく。しかも細かく作り込んだ物語ではなく、あくまでコンサート。以前インタビューでも語られていたように脚本ありきではなく、十音楽団として演奏するという基準で楽曲を選び、セットリストを組んでいく。そこに物語が生まれてくるという。各章の世界に、どんどん引き込まれていく。

【第3章 青い影の少年】

チリンチリン、と自転車のベルの音が響き、「第3章 青い影の少年」へ。普段なら曲が終わると「次は何の曲だろう?」と思うところ、今回は「次はどういうストーリーに展開していくのだろう?」となり、各章のタイトルが表示されるたび「このタイトルなら、どんな曲が来るのだろうか」と期待が高まる。第3章では、ステージが夕焼けのオレンジ色に染まる。

「その少年の心は、機械でできていた」

リコーダーでノスタルジックに「鉄腕アトム」のメロディー。

「だから、悲しいとか嬉しいとか、すべての感情は頭脳のコンピュータで計算され、涙も笑顔も1と0の二進法で表された。でも、その少年の心は、どんな人間の心よりも綺麗だった」

「BOY’S HEART」。語りから歌に切り替わるまで、わずか数秒。本人いわく、脚本を書く段階で間合いもイメージしていたから難しいことではないというが、やはりフミヤのパフォーマンスや表現における手札の多さと、それを自在に使える器用さには驚いてしまう。マリンバの温かな音色、ソプラノサックスのソロ。空も心も広がっていく。ラスト、右手拳を突き上げた少年のシルエットが夕日に溶けていく。

「もういいかい」と声が上がれば「まーだだよ」と返ってくる。かくれんぼから、アコースティックなギターとビオラの音に乗って「平凡な雲」。少年の心そのままに、まっすぐな声で歌う。「明日天気にしておくれ」では、大きな夕日が地平線に沈む。友達と日が暮れるまで遊び、当たり前のように「また明日」と約束したあの頃。曲の中盤からは満月が空に輝き始めた。幻想的で、絵本の中に迷い込んだような美しさ。今回のステージを象徴するビジュアルのひとつである。舞台後部のセットはシンプルながらも、照明や映写と合わさって多彩な表情を見せる。

【第4章 青い夜の約束】

暗闇に、虫の声とウィンドチャイムの煌く音色。

「おいで。こっち。さあ、おいで」

シーッと声を潜め、密やかに誰かを導く声。

「今夜、二人で約束をしよう。二人だけの秘密の約束。二人だけの、永遠の秘密の約束。あっ、今、星が流れた」

弦が奏でるインストゥルメンタル「星に願いを」をバックに、場面は「第4章 青い夜の約束」へと移り変わる。主人公のセリフにイメージを掻き立てられ、ストーリーテラーの語りが描写を続ける。

「二人が手を取り合うと、夜空に星が流れた。それは、二人にしか見えない遠い国への道標。二人はあてもなくさまよい続ける。やがて、朽ち果てた古城の門を潜り、たどりついた森の扉を閉じる。手探りで、お互いの唇を探し、ただじっと“それ”を待っている。……夜明けの鳥の声に、二人は目が覚める。気が付くと二人は靴を片方ずつ無くしていた。それから二人は、森の奥へ、残った靴を投げ捨てた。素足に土の冷たさを感じながら……」

ヨーロッパだろうか、古城が眠る秘密の森。青い闇の中に、言葉だけで限りなくロマンティックな物語が描き出される。今回は“暗さ”の使い方が際立っているのも、普段のコンサートと異なる舞台演出だ。

シューベルトの「セレナーデ」。作詞は松本隆氏。小夜鳥(さよどり=ナイチンゲール)のさえずりに、誰にも言えない苦しい恋を託す。弦4人のみで、美しくミステリアスに魅了する。歌声もポップスとは違うビブラートの使い分け。先ほどのベートーヴェン同様、フミヤの歌声とクラシック楽曲の親和性は高い。

ギターとウィンドチャイムの音色。ステージ下手にごろりと寝転び、夜空を見上げるシルエット。

「あっ、また星が流れた」

たったひとつのセリフで、また一瞬で新たな場面に引き込まれる。

「こうやって満天に広がる星を眺めていると、なんだか自分がこの砂漠の砂の一粒に感じてくる。ちっぽけだな。でも、この星のどこかに、いつか自分が帰る場所があるような気がしてくる。大丈夫。そこへ一緒に行こう」

一人にはしないと、笑って手を差し伸べる。

エキゾチックなパーカッション・ダラブッカの音色から「月の沙漠」へ。照明が波打つようにゆらめき、そこはラクダが行く砂丘になる。細い三日月が輝き、叙情的な世界。胸がざわめくようなミステリアスで流麗な弦のリフレイン。音で心が揺さぶられ、ふっと深いところの蓋が自然に開くような感覚になる。2020年に十音楽団としてNHK「名曲アルバム」で披露した楽曲が、あまりにも見事にハマっている。

続いて、星が瞬くようなピアノの音色から「Another Orion」へ。歌に重なるファーストバイオリンが切なく歌い上げる。徐々に楽器が重なり、ソプラノサックスソロから大サビへ。二度三度とリピートで足を運ぶ方、あるいは映像で見直す時、ぜひ十の音それぞれの魅力も細部まで味わってほしい。

【第5章 青いワンピース】

「彼女は、青いワンピースがよく似合う。どんな高価なドレスよりも、その飾り気のないレーヨンでできたワンピース、そっちのほうが素敵だ。彼女を見ていると、まるで毎日がダンスのよう。僕のフレームの中で、いつもルノワールの絵のように笑いながら踊っている。気が付くと僕はいつも、彼女のダンスの相手をしている。たまには手を取り、たまには抱き合い、たまには逃げる。時々怖いから。時々二人で転びそうになる。彼女のダンスの相手は、まあまあ大変。でも、今日も僕は彼女のダンスの相手をする。さあ、今夜も、その青いワンピースの裾を花のように広げておくれ。Shall we dance?」

左手でポケットからハープを出して吹き始めたのは、第一弾の十音楽団でも披露された「Pink Champagne」。右手でリズムをとりつつ器用にプレイし、ダンスタイムへの導入。

続いて、お洒落で大人なスウィング・ジャズアレンジに仕上げられた「涙のリクエスト」でダンスタイム。ここはツアー初日の感触をもって、観客が立ってOKのブロックとなった。声が出せない観客は、待ってましたとばかりにクラップ&手を回す振りで一体となる。リアルなライブならではの醍醐味。

ピアノから4カウントで明るく「Sweet beans soup」。ピンクのライトが弾ける。温かな愛情をユーモアに包み、夫婦善哉を英語タイトルにしたロックンロール。もちろん、フミヤとファンの長い関係性もそこには感じられる。

続いて「なんかいいこと」。リズミカルなベースに、すぐさま手拍子が重なる。弦もリズミカルに跳ね、バンドの一体感が小気味いい。ミラーボールが輝き、フミヤは歌詞に合わせてダンス。みんなに今日も明日も「いいこと」が起こるようにと、手で輪を描き、えいっと客席にパワーを送る。むしろこの瞬間という「いいこと」を、観客は両手を広げて胸に受け取る。

【最終章 青い木漏れ日】

最終章のステージには、2脚の椅子が並ぶ。私物であるその1脚に座り、あえて咳払いをしてから、やや低い声でゆっくりと話し始める。

「私の座る椅子の側には、もうひとつ椅子がある。私はその椅子に、よく問いかける。『なあなあなあ、これなんだけどさ。新機種。5G(ごじー)って言うんだぜ。(笑)ところがこれ、どうやるんだろう。これって、こうやってこうやってこうやってこうやりゃいいの?』。すると『買ったの? 使えないなら買わないことね。ファイブジーっていうの。それはね、それでそうやってそうやってそうやればいいの』『ありがとう』……“これ”と“それ”だけで成り立つ会話がある」

同じ夫婦を主人公に、別の椅子についても語る。

「テラスの椅子に座る。『ああ、いい天気だな。おっ、あの鳥、シジュウカラじゃないか?』すると『えっ? ああ、あれね。そうね。シジュウカラね。でもあの鳥、自分がシジュウカラなんて呼ばれてるの、知らないんでしょうね。向こうはあなたのこと、ロクジュウカラって呼んでるかもしれないわね』『ぎくっ。60か……今年だ。もうジジイだな……』『ジジイ? 何言ってんの。あの鳥はね、シジュウカラとかゴジュウカラとかロクジュウカラとか全然関係なく毎日空を飛んでるのよ。あなたも飛びなさいっ!』『飛びます飛びます!……こんなギャグを言ってるからジジイなんだ』」

会場から笑いが起きる。このあたりは公演時期によってセリフが多少変化しているが、熟年のパートナーシップを描く様子には、客席に共感の頷きも見られる。

「食卓の椅子は向かい合っている。人生で自分の顔を見る時間より、その顔を見ている時間の方が多分長い。『うん、今日のこれ美味いな。美味いよ』すると『そう? 嬉しい。これね、冷蔵庫の残り物よ。昨日の残りを今日食べて、今日の残りを明日食べる。人はね、昨日を消化しながら今日を生きてるのよ』『深い……。この芋の煮っころがしよりも深いお言葉、ありがとうございます。ごちそうさまでした』……私の座る椅子の側には、もうひとつ椅子がある」

そのまま椅子に足を組んで座り、「木漏れ日の風に吹かれ」。まるで会話の続きのように、人生の最終章を思い描くシーンを歌う。緑と白のライトがまさに揺れる木漏れ日。頰を撫でる風のように優しい歌声。間奏ではギターを手に取り、2コーラス目は座ったままギターを弾いて歌う。

ラストナンバーは「僕らの人生」。暗いステージの中央に、一本の光の道ができる。そこをゆっくりと歩いてくるフミヤ。冒頭でステージに入ってきた時とリンクし、人生という道を感じさせる。ギターを弾きながら歌い、バンドのコーラスが美しく重なる。大サビでは一瞬ボーカルとコーラスだけになるブレイクで、一層ドラマティックな大団円へ。過ぎ去った時代、出会ってきた人々。人生を振り返りながら、それぞれの幸せを願う。今回前半から歌詞に登場していた「タイムマシン」や「木漏れ日」といった言葉も、ここ最終章では違う響きで胸に迫る。ラストシーンでは「『ありがとう』それを最後に言えたらいいな。人生の最期に。『本当にありがとう。いい人生だった』」という言葉で締めくくった。大きく長い拍手が続く。

レコードを手にしたストーリーテラーとして、再び登場。「ムーンライト・レヴュー50s’」のピアノに乗せて語る。

「この青いレーベルのレコード。あなたは、どんな思い出がくるくると回りましたか? これ、またどこかに大切にしまっておかないといけないけれど、どこにしまおうか?……そうだ! 今日からあなたの胸の中に大切にしまっておいてください。よろしく!」

茶目っ気のある笑顔とともに、ハットを脱いで礼。「終わり」の文字が浮かび、1本の芸術作品「十音楽団〜青いレーベル」がエンディングを迎えた。人生をテーマに、青春時代や子供時代、恋や愛、そして人生を感慨深く振り返るラストまで、時空間を超えてさまざまな感情や記憶を刺激する2時間。見事なプログラムに、惜しみない拍手が贈られる。明るくなったステージ前方にバンドメンバーも並び、十音楽団の10人に、あらためて大きな拍手が沸く。メンバーとフミヤが舞台袖へと去り、最後はピアノでフィニッシュ。

【アンコール 愛と平和の歌】

アンコールの拍手に迎えられ、一人でステージに現れたフミヤ。ここで初めてフミヤ自身としてのMC。

「いかがでしたでしょうか、『十音楽団〜青いレーベル〜』。ここからはフリートークになっております!(場内拍手)せっかくここまでいい感じで来たのに、ここでフリートークでぼろぼろになるかも(笑)。さて、アンコールなんですが、“愛と平和”をテーマにお送りしたいと思います。戦争が始まってしまいましたが、こんなことになるとは。戦争なんて誰も望んでいないのに、なぜか人間は戦争をしてしまう。何か理由があるんでしょう。身近なところから愛と平和を伝えていきたいと思います。(拍手)本当はみんなで歌えるようにアンコールを作ったんですが、まだ全然歌えない状況なので。心の声を聴きながらアンコールをやりたいと思います」

声楽風に発声をしてから「サ・ヨ・ウ・ナ・ラ」。ピアノ一人から、ギター、ベースと順にステージにメンバーが入ってきて音を重ねていく。楽曲のリリースは89年。愛と平和はフミヤが常に大切にしているテーマである。この公演の数日前、ロシアがウクライナに侵攻を開始した。平和な地球は幻なのか、おとぎ話なのか。「ねえ」純粋な子供のようなストレートさで、人間のエゴを問いかける。万華鏡のような丸いライトが回り、青い地球をステージに映し出す。間奏とラストでは、フミヤ自身がシンバルを打ち鳴らした。

続けて「I have a dream」へ。シンプルな明かり、ギター1本で歌い上げる。以前からフミヤが「若かったからこそ書けた」と語っている、キング牧師のスピーチから着想した歌詞。今、より広い意味を持って胸に迫る。最後は「きっと叶うように。愛と平和を。LOVE & PEACE!」。客席からも一人ひとりがフミヤの思いに呼応し、祈りをこめて拍手が贈られる。「なんか妙に沁みますな」とフミヤ。

メンバー紹介を経て、最後の曲へ。

「最後の曲はですね、愛の言葉をたくさん言う歌です。せめてあなたの周りには、この言葉を言いさえすれば、平和というか愛に溢れる。その言葉は『愛してる』。最近言ってないでしょ?(笑) いいよ、俺に言っても(笑)。こんだけの愛を受け止めよう。(拍手)」

カウベルでいつものイントロから、「ALL 愛 NEED」。サビ始まりの曲はやっぱり盛り上がる。虹色のライトに照らされ、世界のI LOVE YOUでポジティブに世界をつなぐ。

セットリストを作った段階では予想していなかった世界情勢。結果として今回のアンコールは、凄味を感じるほどリアルに響くものとなった。確実な平和とは結局、毎日という人生のことなのだ。一人ひとりがここでチャージし合った愛を持ち帰り、それぞれの場所で広げることができる。

「Yeah! ありがとうございました! では一丁締めを。また一緒に遊ぼうぜ!(パン!)帰りは気をつけて」

バンドメンバーが両舞台袖に去り、フミヤも名残惜しそうに手を振りながらステージを後にした。

観る人がそれぞれの人生を振り返り、感じてもらう。そんなコンセプトで創られた「十音楽団〜青いレーベル〜」。あなたの“人生というレコード”には、どんな歌が収録されているのだろうか。

0から1を生み出す第一弾の挑戦と成功を経て、さらに高い次元で生み出された第二弾。チェッカーズ初期のナンバーから、ソロの人気曲や最近の作品。そしてカバー曲の配置も見事だった。ベートーヴェンの「青いメロディー」やシューベルトの「セレナーデ」、「月の沙漠」は、過去にテレビ番組の企画で十音楽団として披露していたもの。さまざまな素材が点から線、さらに立体へと組み合わさって今回の内容へと結実した。

決め込んだストーリーではなく抽象的で余白があるからこそ、観るたびに新たな発見があり、さまざまな解釈で楽しめる。その奥深さが十音楽団の魅力でもある。二度と会えない貴重なステージ、残る5月までの公演で心ゆくまで味わい尽くしてほしい。

*開催中の「十音楽団 〜青いレーベル〜」スケジュール&チケット情報はこちら

SET LIST

ムーンライト・レヴュー50s’

【第1章 青い光の方へ】
手のなるほうへ
Cry for The Moon
Mother’s Touch

【第2章 青いメロディー】
青い鳥
TRUE LOVE
青いメロディー

【第3章 青い影の少年】
BOY’S HEART
平凡な雲
明日天気にしておくれ

【第4章 青い夜の約束】
星に願いを
セレナーデ
月の沙漠
Another Orion

【第5章 青いワンピース】
Pink Champagne
涙のリクエスト
Sweet beans soup
なんかいいこと

【最終章 青い木漏れ日】
木漏れ日の風に吹かれ
僕らの人生
ムーンライト・レヴュー50s’(ピアノ)

【アンコール】
サ・ヨ・ウ・ナ・ラ
I have a dream
ALL 愛 NEED

十音楽団 BAND MEMBERS

藤井フミヤ(Vocal)
有賀啓雄(Bass)
田口慎二(Guitar)
岸田勇気(Piano)
藤井珠緒(Percussion)
吉田翔平(Violin)
藤家泉子(Violin)
清田桂子(Viola)
林田順平(Cello)
かわ島崇文(Sax,flute)