藤井画廊 第22回

「完全模写」

私の手元には、有名絵画の完全模写が15点ほどある。完全模写とは、絵などを原画とほぼ同じように模写した物を指す。

絵を収集していたA氏が亡くなり、不要になった絵を奥様から知人の骨董商が譲り受け、訳あって今は私の倉庫にあるのだ。
絵画を愛したA氏は、自宅を美術館にしたいとまで考え、フランスの美術修復家などにオーダーして描かせていたという。そのため、贋作に近い程の高い技術で描かれている。
ちなみに贋作と模写は異なる。贋作は他者を欺いて利益を得ることを目的とした模倣。模写は学びや研究のために行うもので、原作を尊重し、他者を欺く意図はない。それどころか、今手元にある完全模写の絵画たちは、あまりに有名な絵ばかりなので贋作にはなり得ない。
ゴッホ、ミレー、モネ、ドガ、ダ・ヴィンチなど、そうそうたる超有名画家たちの完全模写。絵画についてネット検索すると、すぐに作家もタイトルも所蔵美術館も出てくるような名画ばかりだ。

そのうち、気に入った数点は私の自宅にある。
ベルナルディーノ・ルイーニの「聖母子と3人の天使」。
クロード・モネの「ゴーディベール夫人の肖像」。
ゲオルグ・ニコライ・アーヘンの「インテリア」。
フランソワ・ジェラールの「アモルとプシュケ」、これだけは、なぜか絵を左右反転させて描かれている。
レオナルド・ダ・ヴィンチの「モナ・リザ」。

これらの名画を完全模写するには、相当なテクニックが必要だ。もし、美術館の原画が修復されている間に代わりに掛けられたら、おそらく普通の人は模写だと気付かないだろう。それほどよく描かれている。
美術館に展示されている本物は、至近距離で観ることはできないし、ましてや触れることなど絶対にできない。でもこれは模写作品なので、いつでも近くで眺め、触ることさえ可能なのだ。とくに絵を描く人にとっては、「へえ〜、こうやって描かれているのかぁ!」と勉強にもなる。

そんな絵画たちをいつまでも倉庫に置いておくわけにもいかないので、行き先を考えている。

ところが、ひとつ心に引っ掛かることがあるのだ。知人である骨董商が絵を譲り受けた際、A氏の奥様が聞き捨てならぬことをおっしゃったという。それは……
「主人がね、ひとつだけ本物があると言ってたのよ。でも、どれがそれなのか私には分からないの」
えーっ! なに?!って話だ。もしどれかが本物なら、軽く数十億円はするだろう。昔の画家は、同じ絵を何枚か描くことがよくある。その骨董商すら「全部を額から外して調べるのは面倒くさい」と言う。残念ながら私も、それを見分けられるほどの目利きではない。いっそのこと「開運!なんでも鑑定団」でハウマッチ?と調べてもらうのがいいかも、なんて思ったりもしたが、それすら面倒だし、「残念ながら全部模写でした」と言われて終わりそうである。

そんな、ちょっと夢のある話でもあったから、今までなんとなく保管していたのかもしれない。でも、そろそろ絵画好きなどこかの誰かの手に渡るべき時期だ。運のいい誰かに、その本物?の絵がいく。実はそれは本物で、数十億円の価値とは知らずに……??
なーんて、まぁ実に夢のある話ではありますねぇ。その話が、も・し・も・本当ならね! フフフ……