


「無題の絵」
タイトルを付けたい作品があった。ずっと考えていたのだが、なかなかいいものが浮かばない。だが、いつまでも無題のままではよくない。今回、この文章を書きながらタイトルを考え、決めようと思う。
この絵を観て、あれっと思う人は、私のアート展で目にしたことがある人だろう。でも実は、まだどの会場にも一度も展示していない。アート展で上映されていた映像の中で、私がアトリエで描いていた未完成の絵。それがこの作品になったのである。
個展を開催してくださったギャラリーの方から「あの絵はいつ出来上がるの?」と何度も聞かれたが、自分でも「あれねぇ。いつになるのかね?」と完成が見えなかった。実はその時点で9割は出来上がっていたのだが、仕上げを面倒くさがってしまった自分がいた。あちこち細かい修正を入れて仕上げる作業は、かなりの手間と時間がかかる。しかも最後の部分は、円だらけの背景。これが楽しいとは程遠い地道な作業のため、なかなか進まなかったのだ。結局、この絵はしばらく放ったらかしにして、別の絵を描き始めてしまった。
いつも思うことだが、絵を描くことは登山に似ている。先が見えなくとも、山道を登っていればいつかは必ず頂上に着く。絵も、描き続ければ必ず完成する。というわけで、何年もかかったが、ようやく仕上がった。
この絵は、それより前に水彩画で描いた「雨音」という作品の油絵バージョンである。ただし、構図は反転している。同じ時期に、同じ作風で3点の絵を描いた。最初に描いたのは「少年と少女」。構図の面白さに、続けて「雨音」を描いた。描いているうちに、「この絵は斬新だ!よし、気合を入れて油絵も描いてみよう!」と思い立ち、描いたのが今回の作品だ。

私には、ちょっと変わった絵を描こうとする癖がある。観る人が「なんだろう?」と思うような絵。素通りできないような絵。でも、せっかく足を止めて観てくれた人に対して「無題」だとしたら、あまりにも無責任だ。不思議で不可解な作品にこそ、ヒントとしてタイトルが必要なのだ。
ちなみに、元になった「雨音」は、雨音が聞こえる部屋の中でうたた寝をし、幽体離脱する夢を見て寝返りを打つ……そんなイメージ。自分で言うのもなんだが、相当変わっている。もちろん観た人にはそこまで伝わらないだろうが、それでも「雨音」から何かを感じてもらえるはずだ。
今回の絵は、「雨音」とは異なる。どちらかというと、異次元空間に浮かんでいるイメージだ。これから生まれ変わろうとしているのか、それとも肉体を抜け出てしまったところなのか。双子の魂が絡み合っているのか。自分自身のメタモルフォーゼなのか。まるでサナギから抜け出て羽化する瞬間のようでもある。先にイメージを決めて描いたわけではないので、自分でも想像をいろいろと膨らませることができる。
タイトルを考えてPCであれこれ検索していたら、英語の「Twin Flame(ツインフレーム)」という言葉が引っ掛かった。スピリチュアルな表現としても使われ、ひとつだった魂が分裂して生まれた存在、といった意味らしい。なるほど、この絵はそれに近いかもしれない。今まさに、魂がふたつに分裂する瞬間。となると、絵のタイトルは「Twin Flame」でも収まりはいいが、華やかな着物の和柄を描いたので、どうせなら日本語にしたい。和訳を検索するも、なかなかぴったりくる表現は見つからない。
また別の観点から考えてみる。ああでもない、こうでもない……あっちでもない、こっちでもない……。ようやく辿り着いた言葉、それが「黎明(れいめい)」だった。黎明とは、新しい物事が始まろうとする時のこと。手塚治虫先生のマンガ「火の鳥」にも「黎明編」がある。いいんじゃないか、黎明! 自分の人生で初めて使う単語だ。でも、黎明の一語だけでは絵のすべてを表し切れない。ひとつの魂がふたつに分裂する瞬間……よし、タイトルは「黎明の分裂」。いいタイトルだ。決定!
というわけで、藤井画廊を執筆しながら、ひとつの作品に名が付く瞬間が訪れた。
「黎明の分裂」
いつかどこかで、あなたがこの絵に出会ってくれることを願う。